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2025年7月20日

第39回研究会の報告(合評会 竹中真也『バークリ 記号と精神の哲学』)

 

第39回研究会の報告

合評会 竹中真也『バークリ 記号と精神の哲学』(知泉書館、2024年) 

 

2025年 6月28日(土) 中央大学後楽園キャンパス

 

 当研究会メンバー竹中真也の近著『バークリ 記号と精神の哲学』(知泉書館、2024年) について、まず著者自身が要点を述べたあと、同じくメンバーの中野安章と青木滋之が詳細な批評を加えたうえで、参加者全員で本書の意義について議論した。メンバー以外の参加者もあり、活発な討論ができた。 

 

 著者の竹中によれば、本書のねらいは、ジョージ・バークリの哲学的全体像を、記号理論を軸に再構成することであり、彼をロックとヒュームの「中継ぎ」ではなく、独自の哲学的貢献をなしたキリスト教的プラトン主義者として読み直すことである。

 そのさい注目すべきは、バークリの記号論の独自性である。 彼は言語を、ある観念によって別の観念を「代理する」(represent)こととして、さらには代理をつうじて「示唆する」(suggest)こととして理解する(e.g. 視覚が触覚を示唆)。同様に観念は、精神の状態を代わりに表現する記号である。このような記号論にもとづいて、バークリは「意味の観念説」「意味の情緒説」「意味の思念説」を展開する。

 感覚には現れない対象の「内的構造」もまた、バークリにとっては記号的観念である。こうして粒子やエーテルといった自然学的対象を記号的に扱うことが可能になる。「感覚的観念」(物体的)、「数学的仮説」(力学的)、「精神的活動」(形而上学的)の三層の原因の考察をつうじて、バークリは自然学から形而上学へと進む。人間の精神においては、受動的な観念が能動的な精神と対比されるが、しかし同時に彼は精神の受動性(観念の無意識的な現実化)についても論じている。他方で神の精神においては、自然世界は神の精神が発する言語ないし記号として表象される。こうしてバークリは、人間精神と神の精神との同型性を、そして世界と魂との一致を、マクロコスモスとミクロコスモスのアナロジーによって提示する。

 竹中はブラダタンをも参照しつつ、バークリの記号理論がキリスト教的プラトン主義の三つの特徴をもつと結論づける。(1)神の似姿としての人間、(2)原型と模造、(3)イデアを表現する liber mundi(自然という書物)。さらに結論部では、竹中は『人知原理論』幻の第二部(倫理学)の輪郭づけを試みている。

 

  評者の中野は、竹中『バークリ』を高く評価し、あえて名越悦 『バークリ研究 非物質論の課題とその本質』(刀江書院、1965年)以来の日本語による「本格的バークリ研究」として位置づけた。

 中野によれば、本書の画期性は、キリスト教的プラトン主義と記号理論という二つの視点を交差させた点にある。先行研究、とくに(バークリ全集編者の)ルースとジェサップが定着させたパラダイムにおいては、ロックの影響が前提とされ、バークリの独自性は経験主義マイナス物質(それが懐疑主義の源泉なので)により常識を擁護したことに還元された。もっともルース=ジェサップ・パラダイムはいまや主流ではないが、しかし竹中は従来の解釈を批判するだけではなく、これに「プラトン主義」的解釈を対置したのである。

 竹中がバークリを経験主義者ではないとしたにもかかわらず、ある意味では「徹底的経験主義者」だと規定した点に、中野は着目する。プラトン流の「想起説」に通じるやりかたで生得思念説を擁護した点で、バークリはロック流の経験主義とは明らかに一線を画す。しかし竹中によれば、バークリは「思念」をもっとも「実在的」なものとして、原因や原理として、かつ「知性的で不変な存在者」として提示するに至るのである。その一方で中野は、バークリーの思念説が「内省」という出発点からどういう筋道をへて「生得的思念」に至るのかを、ロックとの対比においてより丁寧に論じていく必要があったと述べ、その観点からいくつかの指摘をおこなった。

 中野はまた、キリスト教的プラトン主義者バークリという位置づけについても、多くの面で竹中の読解に賛同しつつ、若干の留保を示した。たとえば、バークリの「世界=書物」論がプラトン主義の要素として解釈できるかどうかは議論の余地がある。中世のキリスト教的プラトン主義では「神の似姿」論と「世界=書物」論が融合していたが、しかしたとえばベーコンは「世界=書物」から「神の似姿」に到達する可能性を明確に否定していた。こうした思想史的背景をふまえつつ、バークリにおける「世界=書物」論と「神の似姿」論との関係をさらに検討する必要はあるかもしれない。

 

 もう一人の評者の青木は、竹中の研究成果をふまえて哲学史の書きなおしが必要だろうと示唆しつつ、いくつかの疑問を投げかけた。第一に、バークリのいう抽象一般観念なしでの観念の「代理」が実際には可能なのかどうか、という問いである。彼が「内包」という言葉を使うとき、それは抽象一般観念を適用することと何が違うのか。この問いに対して竹中は、観念の普遍化を代理作用=精神の能動的作用として捉えようとするのがバークリの特徴的な思考様式であることを説明した。第二に、粒子説を記号関係に還元できるのか、粒子説を採り入れながらどうして因果説を否定できるのかを青木は問いかけた。竹中は、観念の連鎖についてのバークリの議論がこの疑問を解くカギになることについて説明した。

 

 上記のほかにも、参加者からさまざまな問いやコメントが寄せられた。この日の活発な討論が、竹中『バークリ 記号と精神の哲学』の成果を物語っている。

 

 

  

2025年7月13日

第38回研究会の報告(講演会 田口卓臣)

 

第38回研究会の報告

講演会 「啓蒙」の複雑性と逸脱性を考えるために

ディドロ『ダランベールの夢』における「補遺」と〈フィクション化〉を読む

田口卓臣(中央大学文学部)  

 

2025年 4月12日(土) 中央大学多摩キャンパス

 

 この日の講演で田口さんは、ディドロを題材に、「啓蒙」を「画一的・目的論的な解釈図式から常にすでに逃れ去る思想運動」として捉える試みを提示してくださった。約20名が参加し、講演のあとにはたいへん活気ある質疑応答がおこなわれた。啓発的かつスリリングな田口さんの講演の概要は、次のとおりである。 



 講演の趣旨は、後期ディドロの代表作『ダランベールの夢』を取り上げ、フィクションを介して「哲学」を語るというその複雑な方法に着目することで、同書を「啓蒙」の複数性と逸脱性を物語る恰好の事例として示すことであった。

 単数形の「光=啓蒙」(lumière)――神の啓示や超自然的認識など、目的論的で単線的な――との対比で、18世紀のフィロゾフは複数形の「光=啓蒙」(lumières)にシフトしていったが、そこにはいわば光の屈折や乱反射もあった。そのような「啓蒙=光」の複雑さや逸脱性をきわめてよく表現したのがディドロである。

 ディドロは啓蒙を、自己自身と他者との双方の変容を同時に引き起こす場をつくりだすこととして実践した。それを浮かび上がらせるためには、彼がダランベールと編集した『百科全書』において「理性」だけではなく「想像力」「記憶」が重視されている点や、同書編集における「補遺」という方法――彼は不満の残る記事に編集者権限で介入し、時にとんでもなく長い「補遺」をつけたした――などに見られる。

 とくに注目すべきは、フィクションを介して哲学を語るという方法である。一例として、ブーガンヴィルはタヒチ航海記の「補遺」をフィクションとして書くことで、自然人の名を借りたヨーロッパ文明の批判をパロディ的に再演し、その行為自身のヨーロッパ的性質を浮かび上がらせた。

 そのようなフィクションの効果に着目して『ダランベールの夢』を読んでみる。同書は「存在の連鎖」論や「物質=運動」説(古典力学)を解体し、たとえば石にも感性があると語る(物質の運動への傾き)。分子(molécule)を流体(fluides)として捉え(分子の衝突による化学的変容への着目)、分割不能の一個体としての原子(atome)概念を批判する。そのかわりにディドロは、一なる全体=大きな個体を置く。このような思考を、彼はメタファーによるアナロジーの連鎖をつうじて推し進めていく。

 以上をふまえて言えることとして、次のような観点をとることが啓蒙研究において重要である。

 1 思想どうしの衝突をつうじた「化学的」変容に注目する。
 2 言表行為(écriture, énonciation)の効果を読む。
 3 「理性にもとづく理論の体系化」から逸脱する諸要素を読む。
 4 自己形成(formation de soi)の別様の可能性を探る(ドイツ教養小説の前史としての
仏フィロゾフの文学作品)。


 田口さんの講演は、大要、このようなものであった。とはいえ、これでは田口さんのお話の面白さがほとんど伝えられていない。

 しかしたいへんありがたいことに、田口さん自身が講演録の公刊を準備されている。 田口さんに心より感謝を申し上げるとともに、講演録を活字で読める日を楽しみに待ちたい。


  

2024年10月31日

第37回研究会の報告(公開学習会・イングランド啓蒙からフランス啓蒙へ)

 

第37回研究会の報告

公開学習会 イングランド啓蒙からフランス啓蒙へ——経験論、感覚論、唯物論

2024年10月6日(日) 一橋大学



 啓蒙期フランスにおけるイングランド思想の受容というテーマについて理解を深めるために、この日は「公開学習会」と銘打って、一橋大学特任教授の森村敏己さんに「エルヴェシウスにおける唯物論的感覚論」についてのお話を伺った。本研究会メンバーにくわえて、主題に関心をもつ研究者や一橋大の学生など、あわせて25名が参加した。

 イングランド啓蒙とフランス啓蒙の連続性という観点においてエルヴェシウスは、ロックの経験論をもとにコンディヤックが展開した感覚論にもとづいて、人間本性や道徳や政治についての唯物論的な学説を展開した思想家として位置づけることができる。この点について森村さんが提起した問題は、いかにしてエルヴェシウスは、観念が感覚に由来するという教説から、霊魂と物質の二元論を完全に否定する唯物論へと飛躍しえたか、ということであった。

 この問いに答えるための前提として、コンディヤックが比較の対象に挙げられた。ロックが観念の源泉として「感覚」と「内省」の二つを認めたのに対して、コンディヤックは「内省」を「感覚」に還元することによって観念の源泉を一元化した。他方で、エルヴェシウスはコンディヤックの認識論を実質的に要約するだけで、それに何も付け加えなかった。両者が分かれるのは感覚論の道徳・宗教問題への適用のしかたである。あくまでコンディヤックは、感受性を備えているのは霊魂であって感覚器官(物質)は知覚の媒体にすぎないと、またそれゆえに人間は現世のみならず来世の快苦=死後の賞罰によっても動機づけられて道徳的にふるまうと(この点ではロックにならって)主張した。ところがエルヴェシウスは、霊魂の存在と死後の賞罰をともに否定する。

 エルヴェシウスの感覚論的唯物論とは、森村さんによれば、感受性(サンシビリテ)を「特定の構造をもった」物質が帯びる属性とみなす立場である。こうして霊魂は認識論において不要となる。さらには自由意志の存在が否定され、快苦=利害関心という原因をもたない意志はありえないとされる。したがって、人を動かすのは現世的快苦のみである。しかし人間は、道徳的賞罰(公衆の評価=世論)と法的賞罰(国家)とによって道徳的行為へと動機づけられる。ただしそのためには、公衆が無知と偏見から解放されていなければならず、また国家が専制に陥らないよう公衆の政治参加が確保されている必要がある。

 こうしてエルヴェシウスの唯物論と功利主義は原理づけられている。それを彼は、主観的にはロック認識論の応用として考えていた。しかし実際にはそれを、統治の改革によって道徳的改善が必然的に達成されるという展望に結びつけたのであり、この点にエルヴェシウスの飛躍があったのである。

 以上が森村さんの講演の要旨である。これに対して、柏崎正憲(一橋大学講師)がコメントをくわえ、またフロアから多くの質問が挙がった。エルヴェシウスの第一の目的は、認識論や形而上学よりも、道徳と宗教の徹底的な峻別という(ある意味では啓蒙において典型的な)目的にこそあったと理解していいのか。エルヴェシウスの原理は道徳的次元では決定論につながるのに、どうして彼はそこから環境の改善という展望を引き出しえたのか。自由意志を否定する立場において個人の罪はどう扱われるのか。彼の功利主義はベッカーリアやベンサムのそれとどう違うか。森村さんが翻訳されたJ.イスラエル『精神の革命』について。等々。森村さんには一つ一つの質問に対して詳細かつ丁寧なご回答をいただいたので、参加者はたいへん勉強になった。

 最後に、研究会メンバーで一橋大学の卒業生でもある下川潔(学習院大学名誉教授)が、懐かしい思い出話を交えつつ、森村さんと参加者に感謝を述べ、盛会となった学習会を締めくくった。


 

 

 

 

2024年9月28日

第36回研究会の報告(Chuo Workshop on English Enlightenment 2024)

第36回イングランド啓蒙研究会(Chuo Workshop on English Enlightenment 2024)

2024/06/01,02 中央大学フォレストゲートウェイ F507教室

 

科研費基盤B「イングランド啓蒙の思想史的意義 ―拡散性とその受容の学際的研究」https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-23K25273/ により、ピーター・アンスティ教授(シドニー大学)を招いた国際ワークショップを2日間行った。ワークショップはすべて英語で行われた。

1日目は、Peter R. Anstey & Alberto Vanzo, Experimental Philosophy and the Origins of Empiricism (Cambridge UP, 2023) をめぐって、アンスティ教授から本書の要約を話して頂いたのち、日本人研究者2名が英語でコメントや質問を行った。

2日目は、2名の日本人研究者が英語プレゼンテーションを行った後、アンスティ教授から "New Discoveries Pertaining to Locke on Natural Philosophy and Medicine" というタイトルで、クラレンドン版ロック全集の一巻(自然哲学関係の著作)について、新資料の紹介も含めて現在の編集作業について講演頂いた。

両日の発表タイトルについては、下のポスターを参照されたい。

本研究会で、初めて海外研究者を招いた研究会であったが、盛況のまま終了し、今後の展開も含めて大きな収穫と手ごたえを感じた国際ワークショップであった。

 

【会場での英語ポスター】

 

  

 【アンスティ教授によるX(Twitter)へのポスト】

https://x.com/peterranstey/status/1797617614388334666

 


2024年5月12日

第35回研究会の報告

第35回イングランド啓蒙研究会

2024/05/11 中央大学文学部3号館 哲学共同研究室


報告者  内坂翼(国際基督教大学)、青木滋之(中央大学)


 6/1,2に本研究会が主催となって開催する予定の、ピーター・アンスティ教授(シドニー大学)を招いたワークショップの打ち合わせを行った。同教授の共著 Experimental Philosophy and the Origins of Empiricism (Cambridge UP, 2023) と、同教授が編纂した The Oxford Handbook of British Philosophy in the Seventeenth Century (Oxford UP, 2013) の内容検討、紹介を行った。

 Experimental Philosophy and the Origins of Empiricism は、哲学史で言われる「イギリス経験論」は、カント以降の歴史記述が後付けで生み出したものであり、実際の歴史現象としては実験哲学の興隆や衰退が実体としてあった、と主張する。報告者はこの枠組み、大枠の主張に賛同するものであるが、他方で、思弁哲学/実験哲学の区分(ESD, Experimental / Speculative Distinction)以外の、経験や観察といった概念との比較も重要でないかと指摘した。また、標準的な歴史記述である合理主義/経験主義の区分(RED, Rational / Empirical Distinction)と、本書が提唱するESDという2つの区分の両方を理解することで、「イギリス経験論の父」がベーコンなのか、それともロックなのかという、二次文献に見られる混乱が整理できるのではないか、という見通しを述べた。

 The Oxford Handbook of British Philosophy in the Seventeenth Century からは、アンスティ教授が執筆した "John Locke on the understanding" が取り上げられた。報告者が指摘するように、ロックの言う知性とは一体何のことであるのか、これまで先行研究ではほとんど突っ込んだ研究が行われてこなかった。それに対し、この章では、知性と意志、知性と心、知性の機能、知性の導き方、といった様々な側面からロックの知性を論じており、今後ロックの知性を論じる上での標準的な参照軸になるのではないか、と報告者は評した。

 

 

 

 

  また、今回の研究会は、6/1,6/2のプログラムについての打ち合わせも含まれていたが、Day 2の発表者の順番を入れ替える以外には、大きな変更点は必要ないことが確認された。

 


2024年3月6日

第34回研究会の報告

第34回イングランド啓蒙研究会

2024/03/03 国際基督教大学 トロイヤー記念アーツ・サイエンス館

 

報告者  柏崎正憲(早稲田大学ほか非常勤)、青木滋之(中央大学)

 

 今回は、出版に向けて準備している『啓蒙主義に先立つ啓蒙』の序論、第一部の小序についての検討を行った。序論では、1.イングランドに啓蒙はあったか、1.1イングランド啓蒙の回顧的発見、1.2啓蒙主義と複数形の啓蒙、1.3啓蒙主義に先立つ啓蒙、の箇所を通覧した上で、参加メンバーから様々な議論や提案がなされた。第一部の小序は、キーワードである「実験性・経験性」をめぐる原稿が読まれたあと、同様にメンバーから様々な指摘があった。

 序論については、「冒頭にサマリーを入れたらどうか」「もっとスリムにしたらどうか。また、登場する論者が多いので、相関図を入れた方がよい」といった指摘がなされたほか、第一部小序については、「ベーコンの経験主義批判はロックの経験主義と整合的なのか」や、「実験性から経験性へのつながりが不明瞭だ」といった指摘がなされた。

 これらの指摘や批判をふまえ、原稿を推敲した上で完全原稿を揃える日程を確認し、具体的にどの出版社に掛け合うかといった話にまで、話題は及んだ。


 会場となったICUのトロイヤー記念アーツ・サイエンス館は完成されたばかりで、モダンなつくりの素敵な建物でした。また、ここで集まって研究会を行いたいです!

 

 

 

2023年11月7日

第33回研究会の報告

 

第33回イングランド啓蒙研究会

2023/10/22 中央大学八王子キャンパス(ハイブリッド)

 

 今年度に採択された新たな科研費研究課題「イングランド啓蒙の思想史的意義――拡散性とその受容の学際的研究」における各メンバーの研究計画をたがいに報告した。イングランド啓蒙の「拡散性」および受容の過程に焦点を当てるために、さまざまな研究のアイデアが提起された。

  • 社会契約論の継承と断絶
  • 実験哲学のアイルランド、スコットランドへの伝播
  • イングランド自然神学の伝統
  • 理神論とアングリカン思想との比較分析
  • ケンブリッジ・プラトニストと大陸哲学者との関係
  • イングランド啓蒙における「愛」の思想と「ケアの倫理」の接点
  • ロック経験論からフランス唯物論へ 等々

 



2023年8月4日

第32回研究会の報告

 

第32回イングランド啓蒙研究会

2023/7/28 中央大学後楽園キャンパス(ハイブリッド開催)

 

【合評会】梅垣千尋「18世紀末の女性思想家たちにとっての「啓蒙」――ウルストンクラフト、モア、バーボールドのロック受容を手がかりに」

 

評者  柏崎正憲(早稲田大学ほか非常勤)、青木滋之(中央大学)

応答者 梅垣千尋(青山学院大学)

 

 目下編集中の論集『 啓蒙主義に先立つ啓蒙――イングランド啓蒙への学際的アプローチ』 (仮)のための寄稿依頼に応じてくれた、梅垣千尋さんの論文「18世紀末の女性思想家たちにとっての「啓蒙」――ウルストンクラフト、モア、バーボールドのロック受容を手がかりに」の合評会をおこなった。

  同論文は「女性にとって、「啓蒙」とはどのような経験であったのか」という問いに答えるために、enlighten という語がフランス革命勃発後、女性思想家たちのあいだでも多く使われるようになったことを考慮しつつ、ウルストンクラフト(Mary Wollstonecraft)、モア(Hannah More)、バーボールド(Anna L. Barbauld)の三者におけるジョン・ロックの受容を考察し、彼女らの三者三様の啓蒙思想、啓蒙観を浮かび上がらせている。そのさい著者は、啓蒙という語にかんする「現代の恣意的な定義をいったん学び落とすことで初めて見えてくる当時の人びとの地平」に迫ろうとしている。

 評者の柏崎および青木は、梅垣論文の意義として、女性の権利・地位をめぐる啓蒙の両義性がいかに女性思想家たち自身にも影響したかに光を当てた点や、enlighten の用法を詳しく調べることにより、ある思想が本来の意図をこえて後続世代により利用されていく過程を浮き彫りにした点を、とくに高く評価した。

 そのうえで、評者2名はいくつかの質問を投げかけた。「ウルストンクラフトが普遍主義的な、モアが差異主義的な立場から女性の権利を擁護しているとして、バーボルドの立場はどう特徴づけられるか」や「どういう意味でロックは社会契約のなかに家父長制を混入させていると言えるか」といった問いである。梅垣さんからは、バーボールドの議論の非体系性やヒュームとの近さ(convention や social virtue の重視)、議論の前提に置かれる大きな概念としての「家父長制」から距離をとりつつ当時の女性思想家たちの言葉づかいに寄り添うというアプローチ、等々について、示唆に富む返答をいただいた。

 ひきつづき他の参加者からも質問や論点提起があった。ハナ・モアの保守的な女性論を啓蒙的と呼びうるかどうか(女性の劣位にかんするキリスト教の伝統的観念を逆手にとる彼女の議論の性格をどう規定すべきか)、ウルストンクラフトとモアは対極的なようでいて反ルソー陣営としては共通性があるのではないか、等々、興味深い論点をめぐって議論が盛り上がった。

 


   



2023年5月28日

第31回研究会の報告

 

第31回イングランド啓蒙研究会

2023/5/14 オンライン

 

 報告者: 青木滋之、柏崎正憲、武井敬亮

 論集『啓蒙主義に先立つ啓蒙――イングランド啓蒙への学際的アプローチ』(仮)について、あらかじめメンバーから原稿を集めたうえで、編集者三名が執筆状況の報告および論集の構成の提案をおこなった。

 本論集は三つの部に分かれるが、当初は第1部「平明性・実験性」、第2部「自律性・自立性」、第3部「多元性・寛容性」という標題を考えていたところ、できあがった原稿を検討したうえで、とくに第1部と第3部は標題の変更を検討することにした。第2部についても、構成(論文の順序)を変更することなどを決めた。

  向こう数か月のあいだに編集作業を完了することが目標である。


 その後、今後の共同研究の進め方、とくに向こう一年の方針について討議した。

 なお、これまで本研究会の財源となっていた科研費研究課題「イングランド啓蒙への学際的アプローチ――「開かれた理性」の復権を目指して」は2022年度で終了したが、しかし2023年度から4年間の新たな研究課題「イングランド啓蒙の思想史的意義――拡散性とその受容の学際的研究」が幸運にも採択された。

 


 

 

2023年5月11日

第30回研究会の報告

 

 

第30回イングランド啓蒙研究会

2023/3/16 福岡大学

 

 報告者:内坂翼、青木滋之

 

1. 内坂報告

 近年の啓蒙研究の諸側面を考察することを目的に、ジョナサン・イスラエル『精神の革命:急進的啓蒙と近代民主主義の知的起源』(2017年、森村敏己訳、みすず書房)と、その原典である Jonathan Israel, A Revolution Of The Mind: Radical Enlightenment and the Intellectual Origins of Modernity (New Jersey: Princeton University Press, 2010) の内容を検討した。

 訳者のまとめにあるように、「イスラエルの啓蒙解釈の特徴は、啓蒙の担い手を急進派と穏健派に区別し、啓蒙時代の思想闘争を急進的啓蒙と穏健な啓蒙、および反啓蒙という三つの勢力による争いと位置づけたうえで、自由、平等、民主主義、政教分離、人権といった『普遍的な』価値を確立したのはもっぱら急進的啓蒙だと論じた点にある」(本書:237頁)。穏健な啓蒙思想家として、ジョン・ロック、デイヴィッド・ヒューム、アダム・スミス、アダム・ファーガスン、ヴォルテール、イマヌエル・カント、チュルゴなどの思想家が批判される一方で、反啓蒙思想家としてジャン=ジャック・ルソーの思想が論じられる。また、バールーフ・デ・スピノザとピエール・ベールのオランダ急進思想を源流とする一八世紀の急進的啓蒙思想家の議論が、近代の普遍的価値の土台としての「精神の革命」を引き起こした歴史的流れが記述される。急進的啓蒙思想家として、リチャード・プライス、ジョゼフ・プリーストリ、ウィリアム・ゴドウィン、メアリ・ウルストンクラフト、トマス・ペイン、ディドロ、ドルバック、エルヴェシウス、コンドルセ侯爵、レッシング、ヘルダーなどの思想が詳細に検討されている。

 各章のタイトルは以下のとおり。

 I. 進歩および世界の改良をめぐる啓蒙の路線対立 Progress and the Enlightenment’s Two Confliction Ways of Improving the World.

 II. 民主主義か社会階層制 — 政治的断絶 Democracy or Social Hierarchy?: The Political Rift.

 III. 平等と不平等の問題 — 経済学の台頭 The Problem of Equality and Inequality: The Rise f Economics.

 IV. 啓蒙による戦争批判と『永久平和』の探求 The Enlightenment’s Critique of War and the Quest for “Perpetual Peace”

 V. ヴォルテールとスピノザ — 啓蒙が示す哲学体系の基本的二元性 Voltaire versus Spinoza: The Enlightenment as a Basic Duality of Philosophical Systems」である。

 研究会では、(a) 穏健な啓蒙思想に対する否定的評価への批判、(b) 啓蒙にキリスト教が寄与した側面の軽視への批判、(c) 急進派と穏健派という分類自体への疑念、(d) スピノザの著作が当時の急進派の思想に与えた影響の妥当性への疑問、(e) 「急進(radical)」という形容詞を現代的視点(自由、平等、民主主義、政教分離、人権といった『普遍的な』価値を重視する視点)から遡及的に歴史を評価する際に使用していることへの批判、などのテーマが議論された。 


2. 青木報告

John Roberson, The Case for the Enlightenment : Scotland and Naples 1680-1760, New York: Cambridge University Press, 2005 の内容報告

 「啓蒙主義」をめぐる研究で近年1つの大きなテーマとなっているのは、啓蒙主義というのが、定冠詞つき大文字の the Enlightenmentであるのか、それとも不定冠詞のan enlightenment(あるいは複数形のenlightenments)であるのか、という問題である。これは、1960年代のピーター・ゲイの啓蒙主義研究の辺りから、表立ったテーマであれ裏テーマであれ、常に啓蒙主義研究の底流にあり続けてきた問題である。現代社会では、民主主義や自由といった価値がグローバルスタンダードであるのか、が一つの重要な論点になっているが(その顕著な例が、ロシアによるウクライナ侵攻であろう)、この論点の思想史研究でのヴァージョンが、定冠詞/不定冠詞の啓蒙主義の問題圏、ということになるだろう。

 本書、John Roberson, The Case for the Enlightenment : Scotland and Naples 1680-1760, New York: Cambridge University Press, 2005 を第30回研究会で取り上げた理由は、同じ著者のジョン・ロバートソン『啓蒙とはなにか(2019 [原著2015])』の訳者解説に、「近年の啓蒙研究が細分化し、啓蒙が複数のものに分化して研究されている現状に対して、改めて一つの啓蒙を主張する著作である」とあり、現代を代表する「定冠詞つき大文字の the Enlightenment」の浩瀚なる研究であると思われたからである。今回の発表は、この著作がどのようなものかを紹介するものであった。

 ロバートソンは、現代の啓蒙研究が「断片的な啓蒙主義 fragmented Enlightenment」研究に陥っていることを嘆きつつ、the Enlightenment を標榜する先行研究として、Robert Darnton, Jonathan Israel を挙げる。しかし、ロバートソンは、両者の研究に満足しない。特にイズラエルの主張、18世紀に先立つ17世紀のラディカル啓蒙主義により「1740年代終わりには、大事な仕事はすでに終わっていた」というテーゼには与しない。そうではなく、1740s以降の定冠詞つきの啓蒙主義 the Enlightenment に特徴的であるのは、来世の存在/非存在に関わりなく、「現世をより良くすること betterment in this world」に新しくフォーカスされていったことだったと指摘する。

 この「現世改革」を標榜する啓蒙主義において重要なのは、ホッブズ、ガッサンディ、ベール、ヒュームといった思想家たちである。その核は、ラディカル啓蒙主義が主張するスピノザ主義ではなく、アウグスティヌス派とエピクロス派の思想潮流が、1680年代以降に収束していった点にあった。それをロバートソンは、スコットランドとナポリというヨーロッパの両端とも言える場所に位置する二つの都市の比較手法によって明らかにしようとする。本書を書くきっかけになったエピソードが本書の冒頭に記されているが、イタリアのバジリカータ州と、スコットランドのハイランド地方の風景が似ていることに驚かされたと、ロバートソンは、述べている。

 研究会では、ロバートソンが述べる、定冠詞つき大文字の啓蒙主義/不定冠詞つき複数形の啓蒙主義の対立という問題点が議論されたほか、アウグスティヌス派やエピクロス派の内実とは何であったのかといった質問が取り上げられた。



2023年1月6日

第29回研究会の報告

 

第29回イングランド啓蒙研究会

2022/11/20 中央大学

 

 社会思想史学会の第47回大会(専修大学、10月15日午前)でおこなった本研究会のセッション報告「イングランド啓蒙への視角――平明性、自律性、寛容性」をふまえて、同セッションの報告者三名が、論文集の全体的な構想および各部の構成にかんする草稿を発表した。

 報告者: 青木滋之、  武井敬亮、柏崎正憲


 1.論集の標題: メンバー沼尾恵の発案を受けて『啓蒙主義に先立つ啓蒙——イングランド啓蒙への学際的アプローチ』という仮題を考えている。

 

 2.論集の構想: イングランド啓蒙という研究分野がなぜ成立するか、その研究にはどんな意義があるかについて論じられた、論集の序論にあたる文章の草稿を発表。 

 【武井報告】 イングランド啓蒙という主題は、近年の研究における伝統的啓蒙観の見直し、とくに啓蒙の複数性が前提とされるようになったことの一帰結である。イングランドという場で一つの主軸をなしたのは、宗教的熱狂に対する世俗的権威および個人の保障を問題にしたアングリカンと、この問いに対して別な回答を提示した理神論者との対立である。

 【青木報告】 啓蒙の語義の拡散を避けるため、単数形のthe Enlightenmentに、人間の現世的境遇のよりよい理解と改善とを目指した「18世紀に特徴的な知的運動」(John Robertson)に照準を絞ることは、一つの方法ではある。しかし、思想史のみならず社会史の研究成果をふまえつつ、啓蒙を「より幅広い知の発酵現象」(Roy Porter)として、またしたがって複数形のenlightenmentsとして捉えるならば、そのなかにはロックやトーランドのような思想家も「プレ啓蒙」ではなく啓蒙の一要素として含められるはずである。
  


 3.各部の構成: 論集は「平明性、自律性、寛容性」をそれぞれ標題にかかげた三部構成にすることを計画している。各部の導入にあたる文章の草稿を発表。

  【青木報告】 経験と「記述的で平明な方法」による真理への接近を旨とする「実験哲学の精神」の生成と展開を、「啓蒙」という標語以前の啓蒙的運動として見るべきこと。イングランドの王立協会からジョン・ロック『人間知性論』をへてダブリン哲学協会にいたるまでの概観。

 【柏崎報告】 人間の知的自立と道徳的自律とを、カントにいたる啓蒙思想家たちに先駆けて基礎づけたのがジョン・ロックである。かれの哲学および政治学に触発されながら、すでに17世紀末のイングランドにおいて、宗教的および政治的な啓蒙のムーブメントがトーランドおよびモリニューとともに始まっていること。

 【武井報告】 イングランド啓蒙における保守的・アングリカン的な主題であった宗教的熱狂を、理神論者のアンソニー・コリンズもまた強く意識しており、それゆえに自由思想こそが寛容を促すという議論を展開したこと。このような理神論の展開に、イングランド啓蒙の特徴的要素としての寛容性の発展を見ることができること。




2022年10月2日

第28回研究会の報告

 

第28回イングランド啓蒙研究会

2022/9/25 オンライン

 

 社会思想史学会の第47回大会(専修大学)で、10月15日(土)午前に、本研究会が「イングランド啓蒙」にかんするセッション報告をおこなう。論文集の公刊という目標を念頭におきつつ、イングランドにおける啓蒙とは何であったか、本研究会はいかにしてそれにアプローチしようとしているかということを提示することが狙いである。

 大会概要(社会思想史学会ウェブサイト http://shst.jp/home/conference

 

 この日の研究会では、報告者3名が、社会思想史学会でのセッション報告の草案を発表し、他のメンバーから意見をもらった。

 セッション報告の要旨を、以下に掲載する。

 


 

イングランド啓蒙への視角――平明性、自律性、寛容性

[世話人・司会] 柏崎正憲(早稲田大学・非常勤)
[報告者] 青木滋之(中央大学・非会員)、武井敬亮(福岡大学・非会員)、柏崎正憲
[討論者] 沼尾恵(慶応義塾大学・非会員)

 イングランド啓蒙研究会は、2018年6月に発足し、2019年度からは科研費研究課題にも採択され、精力的に研究活動を続けている(ウェブサイトはhttps://english-enlightenment-f-j.blogspot.com)。社会思想史学会においては、2019年大会でも「イングランド啓蒙における理性行使の徹底化」と題したセッション報告をおこなったが、今回のセッションでは、本研究会の主題それ自体にかかわる基本的な問いを提起したい。すなわち、イングランド啓蒙とはそもそも何か、そう呼ばれるべき思想の特徴や思想家群をどう識別すべきか、イングランド啓蒙なる研究分野は成立しうるのか、という問題である。

 「スコットランド啓蒙に比べてイングランド啓蒙は研究者の間で合意がない」とは、2017年大会のセッション報告にもとづく改稿論文での田中秀夫氏のコメントである(愛知学院大学『経済学研究』第5巻第2号所収)。たしかに、イングランドが初期啓蒙の舞台や啓蒙思想の源泉であったと主張しても反論されないだろうが、イングランド啓蒙が「何であるか」とか「いつはじまったか」とかを決めようとするやいなや、意見は割れるだろう。混乱を避けるためには、まず何を啓蒙と呼ぶかについて合意に至るべきだが、そのこと自体が容易ではない。理性や急進主義といったフランス啓蒙寄りのキーワードによっても、保守的啓蒙などの代案によっても、イングランド啓蒙なるものの特徴を部分的にしか描きえないからである。田中氏が提案したように、その「主流」が「急進」から「保守反動」、再度の「急進」から「穏健」、「保守」へと推移したこと自体に、その特徴を見出すべきかもしれない。

 だが、イングランド啓蒙の「主流」と呼びうるものが何かを見定めるためにすら、なすべきことはまだ多いだろう。本研究会は、共同研究の強みを生かして、多様な専攻分野、多様な視点から、多様な題材にそくして、学際的にイングランドの思想潮流に迫ろうとしている。メンバーの多くが名誉革命以降、ロックと彼以降に照準を合わせていることは否定できないが、しかしモア、フッカー、フィルマー、カドワース等を扱おうとしているメンバーもいる。イングランド啓蒙と呼びうる思想運動の担い手だけでなく、その源泉や敵対者などとして位置づけられるべきかもしれない思想家をも視野に収めているのである。

 本研究会は、イングランド啓蒙が何であるかをはっきり示そうとする志をもつと同時に、それを複数形のenlightenmentsとして把握すべきものと想定している。イングランドという固有名詞は、思想家たちの共通要素を指し示すためというよりも、思想運動の生成および越境のプロセスを際立たせるための呼称である。別言すれば、啓蒙を特徴づける諸理念のいくつかの形成と伝播を説明するためには、思想形成の固有の「場」(Cf. Peter Harrison, ‘Religion’ and the Religions in the English Enlightenment, 1990)としてのイングランドを参照すべきなのである。ただし、この「場」に立ち現れる諸理念や諸言説を、雑然と並べることで事足れりとするつもりはない。イングランド啓蒙を描き出すために本研究会が選んだ三つのキーワードが、平明性、自律性、そして寛容性である。


 

2022年10月1日

第27回研究会の報告

 

第27回イングランド啓蒙研究会

2022/7/24 福岡大学

論文集の原稿準備のため、以下の2名が研究発表を行った。


内坂翼「イングランド啓蒙における自由論の展開」

 イングランドの哲学者ジョン・ロック(John Lock, 1632-1704)は、「理性と判断力を備えた自由な行為者」という近代的人間像を打ち出し、「啓蒙の偉大な先駆者」 (the Enlightenment’s great progenitor)という位置づけを与えられてきた。チャールズ・テイラー(Charles Taylor)が『自我の源泉——近代的アイデンティティの形成 Sources of the Self: The Making of the Modern identity 』で論じているように、ロックが「啓蒙の偉大な教師」となったのは、新たな学知を自我の理性的制御という理論と絡めた上で、理性的な自己責任という理念のもとに、これら二つを統合したからである 。テイラーによれば、自己に対して距離を置いた規律ある態度を強調するロック的な人間像が強い影響力を及ぼし、啓蒙期には軍や病院や学校において官僚的支配や厳密な組織化が進み、規律的な実践が広範囲に発生したのである。

 本発表では、『人間知性論 An Essay Concerning Human Understanding』(1689) の中で「最も複雑な、難解な、かつ重要な章」 であるとされる第二巻第二十一章「力について Of Power」に焦点を当てた。初版において、「自由Liberty」とは障害が欠如した状態で行為者が意志した行為を決定する力であり、意志の選択は「善の外観the appearance of Good」あるいは「より大きい見かけ上の善the greater apparent Good」に左右される、とロックは論じていた。しかし、第二版でこの章は大幅に改訂され、初版で47節あった章が第二版で73節にまで増えて内容も一新されることとなる。

 第二版の改訂において、ロックは「落ち着かなさ」(Uneasiness)、「保留」(Suspension)、「検討」(Examination)、「判断」(Judgement)という視点を導入し、道徳的責任を自己決定の能力と結びつけた。要約すれば、「自由の目的と使用」とは、こうした欲望や落ち着かなさを保留した上で、次の三段階の過程に基づいた判断をすることとなる。(a)まず差し迫った落ち着かなさや眼前の願望をいったん保留し、意志の決定や行為からそれを遠ざける。(b)次に、長期的視点からの幸福あるいは遠くの善を見据えた上で、知性が他の選択肢を比較検討し熟慮する。(c)目の前にある落ち着かなさや欲望を統御し熟慮した上で、行為者の善を最大化する行為を判断する。

 報告に対する応答や質疑では、ロックの自由論の執筆意図や改訂意図を探るための書簡研究や『人間知性論』草稿研究の必要性、ロックの自由論改訂に影響を与えたとみられるカドワースの自由論草稿とのさらなる詳細な比較検討の必要性、自由論とイングランド啓蒙の関係などが議論の対象となった。



田子山 和歌子「啓蒙時代以前の光 リチャード・フッカーにおける理性主義」

 イングランド啓蒙の特質である〈理性主義〉とはどんなものだったか。

 この問題の考察の一環として、本発表では、イングランド啓蒙の源泉のひとつと思われる、アングリカニズム(イングランド国教会主義、英国教会主義ともいわれる)に焦点を当て見ていった。なかでも、本発表が中心としたのは、アングリカニズムの立役者のひとりである、16世紀末の思想家リチャード・フッカーの〈理性主義〉を、同時代のピューリタンの啓示・聖書主義と比較しつつ見ていくことである。それは、フッカーの場合も、近代の啓蒙主義の場合も、おなじく〈理性主義〉を掲げていながらも、啓示・聖書主義にどう対峙するかによってかなりの差があるからにほかならない。

 結論から言えば、近代啓蒙主義における理性は、啓示や聖書といった、理性を超えた超自然的・神秘的な真理を、〈批判〉することによって、自らに対立する非合理的なものとして排除するが、フッカーにおける理性は、啓示・聖書を〈批判〉対象にすることはなく、啓示・聖書を排除することはない。むしろ、フッカーにおいて、理性と啓示・聖書は〈補完〉ないしは〈受容〉関係にある。それは、フッカーにおいて、理性は、神秘的領域という真理も受け入れるほどの広大な真理受容機能をもつことで、理性は、聖書や啓示を孤立した知の体系として排除することなく、聖書や啓示と補完しあうことで、聖書や啓示を知のネットワークの一環として取り込んでいく傾向を持つのである。

 本発表では、こうしたフッカーの理性観の特徴を、フッカーと同時代の、おなじくアングリカニズムを支えた一翼であった、ピューリタンの啓示・聖書主義とも対比することで明らかにした。

 ピューリタンの啓示・聖書主義においては、理性は排除されるべきものであり、フッカーと対照的だった。しかしながら、このように対照的な関係にありながらも、フッカーの理性主義は、一方で、ピューリタンの啓示・聖書主義と、共通の人間観、すなわち、人間は完全に堕落しており、理性も無力であることから、人間は決して自力では救済が望めないのだとする、アウグスティヌス以来の〈全的堕落〉の人間観を共有していたのである。聖書や啓示のような神秘的真理も、すべて受容して、知のネットワークの一環として取り込んでいくのだとする、フッカーの〈理性主義〉も、そのような真理を自力では推論を通じて把握することはできないという、理性の無力を認めたところからでてくるものだからである。

 このようにフッカーの理性主義は、同時代のピューリタンの啓示・聖書主義と対照的な関係にありながらも、一方で、理性と啓示、自然と恩寵といった問題意識を共有しつつ、アングリカニズムをともに形成していったといえる。

 こうしたアングリカニズムの観点は、イングランド啓蒙の特質を見るうえでも、また、イングランド啓蒙と従来の近代啓蒙主義との関連を見るうえでも、欠かせないものとなろう。なぜなら、理性と啓示、自然と恩寵という問題は、アングリカニズムにも、イングランド啓蒙においても、途切れることなく流れているからである。

 イングランド啓蒙につらなる諸思想家からすれば、それぞれにとって理性とはどのようなものだったか、あるいは、啓示・聖書とはどのようなものだったか。これらを見るうえで、アングリカニズムの二大潮流である、ピューリタンの啓示・聖書主義と、フッカーの理性主義は、おおきな参照枠になることはたしかである。すくなくとも、イングランド啓蒙の姿を、洞窟の中に浮かぶ影のように浮かび上がらせる〈光〉になるのではあるまいかと、期待されるのである。



2022年5月17日

第26回研究会の報告


第26回イングランド啓蒙研究会

2022/5/15 オンライン

論文集の原稿準備のため、以下の3名が研究発表を行った。


小城拓理「フィルマーの契約論批判再考」

 一般的にはフィルマーの政治理論は王権神授説と家父長主義の結合とされてきた。つまり、フィルマーの政治理論とは神がアダムに全世界を支配する権力を与え、それが代々家父長に継承され、国王の権力に繋がるというものである。そして、このようなフィルマーはロックによって論駁されたと考えられてきた。確かに、以上のようなフィルマー自身の政治理論は思想史的にはともかく、今日では顧みる価値は無いかもしれない。実際、第二次世界大戦後にフィルマーの著作集を校訂したラズレットもサマヴィルもそのように考えているように見受けられる。

 しかし、フィルマーの主張は多岐に渡っており、その一つである契約論批判の現代的意義を強調する研究もある。そこで、本報告はフィルマーの契約論批判を整理した上で、これに対してロックがどのように応答したかを確認することを目的とした。

 本報告の前半ではフィルマーの契約論批判が整理された。フィルマーの契約論批判は二つに大別できる。第一に同意論批判である。これには二つあった。第一に同意の歴史的実在性に対する批判である。つまり、歴史的に見て同意など存在しないという批判である。

 第二に暗黙の同意に対する批判である。これは、暗黙の同意はどんな統治も正当化してしまうという批判である。フィルマーの契約論批判の二つ目は民主政批判と呼ぶべきものである。これも二つあった。第一に多数決批判である。フィルマーは多数決を否定する。というのも、生まれつき自由な人間によって形成される社会で何かを決定する際には全会一致しかありえないからである。第二に抵抗権批判である。フィルマーに言わせれば抵抗権を容認することはアナーキーを招来する。さらに、人間の自由を前提にすれば同意の拒否や撤回を認めることになり、これもまたアナーキーを招来する。

 本報告の後半では以上のフィルマーの契約論批判に対するロックの応答を見た。まず、同意論批判のうち第一の批判に対してロックは同意によって成立した統治の実例を枚挙する一方、事実と規範とを峻別することで退けようとしていた。続いて第二の批判に対してロックは、同意の与え方と同意内容が自然法の規制を受けることを示すことで反論していた。つまり、自然法を前提にする限り暗黙の同意は統治のデ・ファクトな正当化論には陥らないのである。次に民主政批判に対する応答である。

 第一の多数決批判に対しては、ロックは多数決の必要性を強調する一方で、最初の同意内容に多数決の受け入れを盛り込むことで正当化していた。第二の抵抗権批判では統治と社会を区別することでフィルマーに応じていた。さらに、人間の生来の自由を前提にしたとしてもフィルマーが懸念するようなことにはならない。というのも、加入を拒否する独立人であったとしても自然法を遵守する義務があるからである。また、離脱の自由に関しては社会に加入する際の最初の同意内容によってこれを認めないことでロックは対処できる。

 このように見ると、『統治二論』第二篇もまたフィルマーを意識したものであったことが理解できるだろう。そして、以上のようなロックの応答がフィルマーの批判を本当に克服できているかどうかを探ることは我々の課題として残されている。


沼尾恵「ロックとヴォルテールの寛容論の比較」

 本報告は、ロックとヴォルテールの寛容論の比較をとおして、イングランド啓蒙の実態の一断面を明らかにしようとする試みが、いかなる前提のもとに成り立っているもので、またいかなる意義をもつものなのか検証した。一見わかりやすい比較が、実はいくつものことを前提としており、結果、比較の意義が限定的なものにな ってしまうという懸念があることを議論した。

 たとえば、ロックとヴォルテールを比較するということは、両者がなんらかの形でイングランド啓蒙とフランス啓蒙をそれぞれ代表できる思想家であるということを前提としており、言いかえれば、ロックとヴォルテールをみることによってそれぞれの啓蒙の特徴をなにかしらはつかめるということを前提としていることである。これは、明らかにすべきイングランド啓蒙の実態になにかしらのイングランド啓蒙観を持ち込んでいることを意味している。それでは、そうしたイングランド啓蒙観はいかなるもので、いかなる正当性があるのか。こうした観点は、プロジェクトのメンバー間でどの程度共有しており、共有すべきものなのか。こうした疑問を挙げた。

 つぎにロックとヴォルテールの比較において、いかなる観点を採用できるのか検討した。ロックなど初期の啓蒙思想家たちが寛容論を理論化し、フランスの啓蒙思想家たちは寛容を理論化するというよりそれを広めることに力を注いだという活動の違いという観点をまずとりあげた。その後、啓蒙の布教活動的観点だけではなく寛容概念の違いに注目した理論的観点の検討もおこなった。結論としては、活動的な違いというテーゼに近い結論にいたった。

 こうした結果を受け、いかにすればイングランド啓蒙の特徴がわかるのかという方法についての議論ではなく、内容に踏み込んだものがよりふさわしいという意識から、あらためてロックとヴォルテールの比較の意義がどの程度あるのか問い、同時に比較をともわないロックの寛容論の解説に、どれだけの意義があるのか、他のロックの解説書との差別化の方法について検討した。

 


青木滋之「イングランド啓蒙」に賛成/反対の二次文献の紹介

 「イングランド啓蒙」と(後世から)呼ぶことのできる啓蒙活動の運動があったのかについて、「イングランド啓蒙」(あるいは「ブリテン啓蒙」)という言葉を広めた元ネタである Roy Porter, Enlightenment: Britain and the Creation of the Modern World, 2000 を中心に、ポーターの他の著作、Very Short Introduction シリーズの一冊であるロバートソン、近著の生越を取り上げた。

 ポーターによれば、啓蒙主義を考えるにあたって、フランスのフィロゾーフを中心に展開され、フランス革命で頂点を迎えたとされる the Enlightenment ではなく、不定冠詞の複数形である enlightenments を考えなければならない。とりわけ、モンテスキュー、ヴォルテールといった啓蒙主義を代表する思想の背景には、コーヒーハウスでの自由闊達な議論を起点としたイングランドでの草の根運動があったことが重要であるとポーターは指摘する(20年前のポーターの著作だけでなく、近著の M.Jacob, The Secular Enlightenment, 2019 などもこうした見解を共有しているように思える)。とくに、18世紀の始めの1/3は、イングランドの思想家による書き物や活動が実質的に支配的であり、ここを発信源として啓蒙主義の運動はスコットランドやフランスに広まっていったのだから、English Enlightenment = British Enlightenment と言い切ってもよいのではないか、とまでポーターは主張している。

 こうしたポーターの見解に対して、ロバートソンは「そうした緩い定義を採用すると、あれも啓蒙、これも啓蒙」といった状態になりよくない、the Enlightenment を中軸に据えて議論しないといけない、と主張する。ここには、啓蒙主義を不定冠詞で考えるべきか、定冠詞で考えるべきか、という括り方の問題がある。

 研究会でも、下川教授から、イングランドとスコットランドを一緒くたにする議論は乱暴で受け入れられない、という指摘があった。ポーターの「ブリテン啓蒙」には、スコットランド啓蒙の研究者からの反論もある。しかし生越は、近著において「評価の違いはあるものの、イングランドにおいて「理性の自由な使用」、「専制権力からの解放と政治的自由の実現」、「宗教的寛容」という、啓蒙の三要件が最初に実現したのは事実であり、これを「プレ啓蒙」「初期啓蒙」「イングランド啓蒙」ないし「ブリテン啓蒙」と呼ぶかどうかは別として、啓蒙の始まりとみなすことに誰も反対しないだろう」と指摘する。発表者である私も、こうして見解を共有するものである。




2022年4月27日

第25回研究会の報告

   

第25回イングランド啓蒙研究会

2022/3/27 オンライン

前回にひきつづき、論文集の原稿準備のため、以下の3名が研究発表を行った。


瀧田寧「何が自立を可能にするのか ロックにおける「試みること」の意義」

 ロック知識論の特質を示すキーワードの一つに、「白紙」がある。人間の心は、もともと「白紙」のように具体的な文字が何も書き込まれていない状態、つまり具体的な何かに縛られていない状態であるのに、自らの知性で事物を判断するようになる頃には、いつの間にかさまざまなものに縛られている。知性がそうしたさまざまなものに縛られることなく、それらから自立して、自らの力を総動員した成果として知識の確実性を知覚したり、意見や信念の蓋然性を判断したりしていくべきである、ということが、ロック知識論の意義の一つと考えられる。

 そこで本報告では、まずロックが知性の自立のために考慮すべきこととして、主にどのようなことを述べているのかを挙げていった。次にそれらを、17世紀の半ばにフランスのポール・ロワイヤルの人々によって書かれた『論理学、別名思考の技法』のうちに見られる人間観と比較した。その結果両者には、「他者の見解に縛られたり鵜吞みにしたりするのではなく、また自らのうちに湧き起こる情念に流されることもなく、真理そのものに対し自らの多角的思考を働かせて確実性や蓋然性を判断できるよう知性を鍛えるべきである」という類似点が見いだされた。

 ところで、ロックが知性の自立のために考慮すべきことを述べた箇所として上に挙げたものの一つに『人間知性論』第2巻第21章があるが、その章は、第2版で初版の見解に修正が加えられ、大幅な追加がなされている。その修正点とは、「大きい方の善が、意志を決定する」という説を初版では当然としていたが、第2版では、「大きい善に釣り合って起こった欲望が、善のないことに私たちを落ち着かなくさせないうちは、善は意志を決定しない」という結論を導くことになった、ということである(2-21-35)。つまり、善と意志との間に「落ち着かなさ[uneasiness]」を挿入することになったのである。この追加箇所の内容は、『論理学、別名思考の技法』のうちに類似点を見いだすことが難しい。

 そこで本報告では、この追加箇所を中心に取り上げ、「快」の欲望としての「落ち着かなさ」がどのような行為へと人間を駆り立てていくのかを検討した。そのうえで、その実践編がどのように描かれているのかを、同時期に書かれた『教育に関する考察』第3版の追加部分や、その後に書かれた『知性の正しい導き方』の中に見ていくこととした。

 その結果、「快」の欲望としての「落ち着かなさ」が人間を「試みる」という行為へと駆り立てること、またその「試みる」という行為が出発点となって思考が始まり、やがて遠い目標を観想できるようになること、以上二点がロックの考え方の特徴として浮き彫りにされた。これらを踏まえると、知性の自立が可能になるのは、人間が「知る」ことの快さを欲して「試みる」という行為へと駆り立てられ、「試みる」という行為と「知る」という快の思考との往還のうちに徐々に遠い目標への観想が生みだされ、ついにその観想された目標と照合しながら目の前の事物を判断できるようになるときではないか、という結論が導かれた。



下川潔「トマス・ペインと新しい自然権概念 ロック自然権概念のラディカルな変容」

 18世紀ヨーロッパ啓蒙の時代に自然権概念が二つの革命とともに歴史の表舞台に登場し、第二次大戦後にそれが人権として世界人権宣言の中で再生したにもかかわらず、啓蒙の自然権概念の特質やそれ以前の自然権概念との差異については、あまり研究がなされていない。本発表では、啓蒙の祖ジョン・ロックの自然権概念が、どのような過程をたどって変容し、18世紀末のトマス・ペインにおける「人間の権利」の概念が成立したのかを解明することを目指す。その第一歩として、ペインの自然権権利の概念を同定し、ロックの自然権概念との比較を試みたい。

 ウルストンクラフトやリチャード・プライスの場合とは異なり、ペインにおいては、比較的容易に、自然権概念に焦点をあわせることができる。『人間の権利』第一部(1791年)によれば、人間の権利ないし自然権が何であるかを知るためには、人間が神によって創造された時点に遡らなくてはならない。創造の時点では、人間の単一性ないし平等性があり、男女の区別が唯一の人間における差異であった。「自然権とは、生存しているという理由で人間に属している権利のこと」であり、その権利は二種類に分かれる。第一に、「あらゆる知的な権利、ないしあらゆる心の権利」があり、第二には、「他人の自然権を損なうことなしに、自分自身の快適さと幸福を求めて、個人として行為するあらゆる権利」がある。前者は、良心の自由、信教の自由、思想・学問の自由、表現の自由、出版の自由などの精神的由への権利を含み、後者は、人身の自由、財産を処分する自由をはじめ、あらゆる行為の自由を、他者の自由を侵害しないという条件のもとで認めている。

 ペインによれば、第一種の権利は、社会の力を借りずとも、個人が自らの力を使って行使できるのに対して、第二種の権利に関しては、それを行使、執行するためには、損害賠償の場合のように社会の援助が必要となる。そのため、社会を形成する際に個人は第二種の権利の一部を社会に譲渡し、寄託することになる。ペインはさらに、フランスの「人間と市民の権利の宣言」(1789)の条文に即して、自然権の説明を補足する。その宣言の最初の三条は、人間の自然権と国家の一般規定であり、他の条文はその具体的説明だとし、特に第4条が行為の自由への権利を定め、第10条や11条は、良心の自由、信教の自由をはじめとする精神的自由への権利を定めていると指摘する。

 このような自然権理解は、ロックのそれと比べて、いくつかの点で明確に異なっている。両者とも自然権概念を神と結びつけてはいるが重要な差異が存在する。

  1. ペインが精神的自由と(物質的な)行為の自由の両者を自然権として捉えたのに対し、ロックは、主要な自然権を、各人の「生命」、(人身の)「自由」、(労働や貨幣で築いた)「財産」という現世の三つの財への権利に限定し、良心の自由(ないし信教の自由)をこの種の自然権から排除し、統治者や隣人の宗教的寛容の義務によって実現するような、単なる消極的自由として扱った。
  2. ペインの行為の自由への権利は、ロックが自然権の大枠として採用したプロパティ(排他的支配権)という枠組を取り払ったうえで成立する権利であり、この点でジェファソンやビュルラマキの幸福追求権に類似し、また、ミル的な危害原理を明確に取り入れている。
  3. ペインは、寛容を不寛容の偽造品として批判し、寛容の義務ではなく、万人の自然権として、良心の自由や信教の自由を弁護しており、この点でおそらく大きな現代的意義ももつと思われる。
 以上の比較をさらに思想史的に肉づけし、ペインの『人間の権利』第二部(1792)に即して自然権と万人の幸福の関係を解明し、『農地の正義』(1797)における土地所有権の位置づけを考察すれば、ペインの自然権概念は、ロック自然権がラディカルに変容したものとして浮か上がるだろう。



武井敬亮「トーランド以降の理神論の展開 ジョン・ロックの「理性」認識を起点に」

 本報告では、アンソニー・コリンズの『理性の使用に関するエッセイ』(以下、『エッセイ』)An Essay Concerning the Use of Reason (1707)の分析を通じて、ロックの「理性」認識を援用する“理神論者”の議論が、ロックの立場からすれば、意図せざる結果として、合理化(=理神論的傾向が強化)されていく思想伝播の在り方(=啓蒙思想の展開)の一端について考察した。

 コリンズは、「理性Reason」という言葉を、「命題を構成する諸観念の必然的な、あるいは、蓋然的な一致・不一致」によって「命題の真偽や確実性・不確実性を知覚する知性の働き」と定義する(pp. 3, 4)。その上で、①直感的に知覚する場合、②中間的な観念を媒介にして知覚する場合、③他者の証言によって知覚する場合について考察する。コリンズが特に注意を向けているのが③である。その理由は、コリンズが、「啓示宗教の信仰は[聖書の]証言にもとづいている」と考えていたからである(p. 7)。当時、信仰の対象(具体的には三位一体)の真偽をめぐって論争が繰り広げられていたことが背景にある。

 次に、コリンズは、「理性を超えたabove Reason」の意味について、①その対象を自分の能力で直接に知覚できない場合、②その対象と完全に一致する観念を私たちがもたない場合、③対応する観念を私たちがもたないにもかかわらず同意(信仰)の対象とする場合、について考察する。①の場合、私たちが直接に知覚できないもの(その意味で「理性を超えた」もの)であっても、第三者の助け(証言を含む)によって、それを知覚することができるという。この議論は、聖書における奇跡についての証言も、理性による判断が可能であることを含意する。②の場合、その対象自体が「無nothing」であり、認識の対象にならないという。③の場合、三位一体を例に、自身の証言に関する議論に依拠しながら、同時代の神学者による解釈を論駁することによって、それが同意(信仰)の対象にならないことを示す。

 以上の議論から、コリンズは、ロックの認識論を援用しながら、すべての命題を理性の対象に含め、その真偽、確実性・不確実性を判断することが可能であると主張していることが分かる。特に、コリンズが「理性を超えたabove Reason」の意味について考察する中で、第三者の助け(証言を含む)によって、理性の対象に含める議論をしている点や、私たちが対応する観念をもたないものを認識の対象から切り捨てるラディカルさをもっている点が特徴的である。こうしたコリンズの議論は、その後の理神論の流れの中で受け継がれていくことになる。今回の報告では、コリンズの『エッセイ』のテキスト分析を主に行ったが、コリンズの議論の同時代的な意味について掘り下げていくことが今後の課題となる。




2022年3月10日

第24回研究会の報告

  

第24回イングランド啓蒙研究会

2022/2/26 オンライン

前回にひきつづき、論文集の原稿準備のため、また、日本イギリス哲学会第46回研究大会(2022年3月19-20日)でのセッションの発表準備も兼ねて、以下の3名が研究発表を行った。


内坂翼「ジョン・ロックの認識問題 実体論の展開」

 本報告では、ロックの「実体(Substance)」の観念に対し、感覚経験と理性という二つの側面からアプローチし、アリストテレス主義に基づいた旧来のスコラ哲学の実体概念を、初期近代のロックがどのように解体していったのかを論じた。

 『人間知性論 An Essay Concerning Human Understanding』(1689)において、ロックはスコラ哲学者たちに度々言及し、スコラ哲学における論争が人類の知識の発展を阻害してきたことを強調していた。ロックによれば、実体の観念は、それ自身で存在する個別のものを表象する単純観念の集合体である一方で、想定された観念あるいは混乱した観念とみなされていた(Ⅱ, xxi, §6)。複雑観念である個別の実体概念は不明瞭で不可知なものであり、感覚器官による経験と観察から習慣的に想定されているだけの基体として位置づけられることとなる(Ⅱ, xxiii, §3)。

 他方で第四巻では、感覚と反省に代わって「直観(Intuition)」が知識の本来的基礎として位置づけられる(Ⅳ, ii, §1)。知の客観性は、観念のあいだに成立する必然的かつ不変の関係である普遍妥当的規則に担保される。「実体」という存在の一般像においても、外的現実には一定の確固たる不変の構造があるという確信が働くとされる(Ⅳ, vi , §11)。

 本報告では、ロックの実体観念がアリストテレス以来の実体論を批判的に継承しつつ、経験と観察にもとづく近代科学の礎となる実体論を新たに展開しようとしていたという点を考察した。

 報告後の質疑では、ロックの批判対象であったアリストテレスの実体論が議論の対象となった。また、ロックが想定した実体は四種類あり、スティーリングフリートとの論争を踏まえて、実体論と粒子論の関係を明らかにしていく必要性が提起された。



竹中真也「カドワースの人間観 理性のありかたによせて」

 本報告は、カドワースの人間観を、主要著作や遺稿に基づいて、「形成的自然」、「知性認識」、「愛」というキーワードを軸に検討した。

 『宇宙の真の知的体系』における「形成的自然」は、身体の部分の形成と、全体の有機的統一を目指しているとともに、まばたきや呼吸や心筋の運動などを担う生命活動を支える原理である。これは動物的欲求ともかかわる。『永遠で不動の道徳論』における「知性認識」は、人間が神の精神のうちのイデアの認識活動を分有することによって成立する。とはいえわれわれの知性認識は、神の活動の部分的な限定を受けた模造にとどまる。善悪も、この知性認識に関わる。

 他方で、カドワースは、『自由意志論』を軸とした遺稿において、善と悪について、われわれには道徳的善悪に関する独特の感情ひいては「愛」という「本能」(「優れた理性」とも呼ばれる)があると論じる。なお、この「本能」を発揮するさいに「自由意志」と「恵み」が関与する。

 このようにカドワースは、「形成的自然」、「知性認識」、「愛」という少なくとも三つの観点から人間を説明する。しかしながら、これらはひとつひとつが切り離されて活動するわけではなく、全体としてひとつである。

 こうした全体的構図において、理性の位置づけを本報告では最後に示した。



中野安章「聖書釈義と自然哲学 W.ウィストンのニュートン主義自然神学」

 自然神学は広い意味では人間の自然理性に基づく神学、より狭い意味ではデザイン論に基づく神の存在証明を指す。しかし、17世紀後半のイングランドで新しい自然哲学と並行して興隆した自然神学には、デザイン論には納まらない種類のものがあり、それはとりわけ地球理論に関わるものに見られる。

 中野による本報告は、ウィリアム・ウィストン(1667-1752)の『地球の新理論 A New Theory of the Earth』(1696)を取り上げ、そこに見られる自然哲学と聖書釈義を結合させる特異な自然神学の新しさと、その意義について検討した。

 ウィストンが『地球の新理論』で目指したのは、聖書解釈という枠組みの中で、創造から終末までの地球史を、聖書の記述の「字義的(歴史的)」意味によって解釈し(この聖書解釈という点で啓示神学の関心と重なる)、しかもニュートンの自然哲学の理論を用いてそれを「哲学的に」説明すること(この点が自然神学である)にあった。

 これはアウグスティヌスの古来よりキリスト教自然神学の枠組みを成した「二つの書物」論、すなわち聖書と自然(理性)の整合性を追求する議論であるが、ウィストンにおいては、「二つの書物」論の自然神学は、聖書解釈の主導権が自然哲学に移されることにより、理性による自然哲学の領域が啓示の領域を侵食し、伝統的な神学的概念の変容を導くことになる。そしてこの点が、「奇跡」概念に関して論じられた。

 報告に続く質疑では、創造や大洪水といった奇跡的出来事を自然学的に説明するという原則を貫くことから帰結する(そしてそれにも関わらず保持される)「奇跡」概念とは何か、またウィストンとトーランド(その『秘儀なきキリスト教』は『地球の新理論』と同年の出版)などの理神論者との違いは何か、といった点について刺激的な議論が交わされ、報告者はそれを通じて論題についてさらに考察を深めることを促された。






2021年11月10日

第23回研究会の報告

 

第23回イングランド啓蒙研究会

2021/11/6 オンライン

前回にひきつづき、論文集の原稿準備のため、会員が研究構想を発表した。


柏崎正憲「労働観の転換と啓蒙 トマス・モアからジョン・ロックへ」

 16世紀において、労働貧民は道徳的劣等者として表象され、そして労働は、度し難い怠け者たちをどうにか秩序に繋ぎとめておくための鎖であった。その一方で、啓蒙と呼ばれる時代には、最下層の賃金労働者をも含めた生産者の勤勉を称え、労働を道徳的同格者たちによる貢献として描き出す著述家たちが現れてくる。このような労働観の転換を、イングランドにおける初期啓蒙の一側面として浮かび上がらせることが本稿の目的である。

 考察の始点と終点には、初期近代において労働を現世的幸福と固く結びつけた二人の代表的思想家、トマス・モアとジョン・ロックが置かれる。モアがその労働者への共感にもかかわらず同時代の労働観を共有しているのにたいして、ロックの宗教観、政治哲学、認識論、教育論、そして政策提言には、新しい労働観が首尾一貫しているのが認められる。『ユートピア』(1516年)と『統治二論』(1690年)とのあいだに生じた変化を解明するために、本稿では人文主義者、共和主義者、そしてピューリタンのテクストもまた扱われる。

 発表に引き続き、意見交換が行われた。ロックの原罪観(労働を原罪に結びつけない)や余暇の考察、彼が成育の過程で天職(calling)の観念をどう受容したか、本稿が扱った労働観の変化が啓蒙思想とどう関連するか、等、筆者の視野を広げるための有益な示唆が与えられた。

An Ease for Overseers of the Poore, 1601. (関西学院大図書館所蔵)


渡邊裕一「啓蒙思想の影? 新大陸におけるロック所有権論の展開を追う」

 渡邊は、17世紀アメリカ植民地政策とジョン・ロックの思想及び実践に関して、先行研究の紹介を中心とする報告を行った。一般に、啓蒙思想というとそのポジティブな側面が強調されがちだが、本報告はあえてそのネガティブな側面に着目した。すなわち、欧州諸国の海外進出とそれに伴う先住民からの収奪等に、啓蒙思想がどのように寄与したのかという論点である。

 本報告では、比較的早い時期にジョン・ロック所有権論とアメリカ植民地政策との関係を主題とした Barbara Arneil, John Locke and America; The Defense of English Colonialism (New York: Oxford University Press, 1996) と、より最近Arneil以降の研究動向も踏まえて著された David Armitage, 'John Locke: Theorist of Empire?,' in Empire and Modern Political Thought, ed. Sankar Muthu (Cambridge: Cambridge University Press, 2012), pp. 84-111 の内容を紹介した。

 両研究に共通の見解として、次の二点が指摘された。第一は、ロック自身がアメリカ植民地政策に強く関わっていたことは疑い得ない事実であること。第二は、イングランドの植民政策とロックの思想のいずれも、植民地拡大で先んじていたスペインやオランダへのアンチテーゼともあいまって、先住民からの収奪は意図しておらず平和的な植民を目指していたということである。これは、ロックの植民地に関する思想と実践を、短絡的に帝国主義に結びつけることを否定する見解である。

 そのうえで渡邊からは、ロックがアメリカ先住民との平和的関係を志向したことが啓蒙思想の「影」の要素を和らげるとして、彼がアフリカでの奴隷貿易を容認していたことはネガティブな評価を免れ得ないのではないかとの指摘がなされた。

 その後、質疑が行われ、ロックの戦争状態論や刑罰論と収奪正当化の論理的関係、グロティウス『捕獲法論』に関する論点、様々な思想家による植民地論を俯瞰したときのロックの位置づけ、ロックを読んだ後世の思想家と(独立宣言までの)植民地政策との関係等について議論が交わされ、この主題を深度化させるための方向付けと論点整理が図られた。


 



2021年8月17日

第22回研究会の報告


第22回イングランド啓蒙研究会

2021/8/1 オンライン


 前半

 科研費課題の研究成果(論文集)の原稿準備のため、順次、会員が研究構想を発表することを前回会合で決定していた。

 それにもとづき今回は、青木が「イングランド実験哲学の流れ 王立協会、知識論、アイルランドへの影」と題した研究発表をおこなった。

 発表の目的は、初期啓蒙における<平明性>の出自、定式化、伝播を辿ること、すなわち、誰にでも等しく平明に与えられる感覚的な<経験>こそ真理の最終的な拠り所であるというテーゼが受容される過程であった。これを発表者は、イングランド実験哲学の興隆によって始まり、次世代のアイルランドへと伝播していく展望において考察した。

 平明性の理念の出自を示すできごととしては、スプラットによるスコラ学者たちとベーコンの新学問プログラムを実践する王立協会メンバーたちとの対比、グランヴィルの『プラス・ウルトラ』における化学、解剖学、数学の三本柱、そしてボイルによる自然誌の体系化が位置づけられた。次に、ロックが実験哲学の成果をふまえて、どのように経験論の立場を定式化したかが考察された(解剖学的な history から人間知性の history へ、医学的な不可知論から物体や精神をめぐる不可知論へ)。続いて、平明性を旨とする経験論哲学が、モリニュー、トーランド、バークリーといった多彩な思想家たちをつうじて、アイルランドに伝播していく展望が示された。

 発表に引き続き、青木論文の総体的な構想や個々の論点について、活発な意見交換が行われた。一例を挙げると、初期啓蒙における「有用性」という観念が果たした役割(思弁的な scientia から、軍事、航海、測量など「技術」の基礎づけとしての scientia へ)を、どう位置づけ、評価すべきかが議論された。 


Frontispiece to Sprat's History of the Royal Society (1667).


 後半

 フランシス・ハチソン An Essay on the Nature and Conduct of the Passions and Affections, with Illustrations on the Moral Sense (1728/1742) の講読を行った(報告者:柏崎)。

 Treatise I, Section I を精読。ハチソンは「欲望を喚起する」心地悪さ(uneasy sensation)と「欲望に連結した」心地悪さとの区別から、利己的欲望公共的欲望との区別を引き出した。彼によれば、利己的欲望の対象は、私的な善という目的のための手段に引き下げられるのにたいして、公共的欲望は「善意の欲望」であり、欲されることがら自体を目的としている

 この考察をつうじてハチソンが証明しようとしたのは、次のことだと思われる。①人間の内的感官(感受性)は、私的利益を感じる部分と公共的感受性とに、実体的に区別されること。②後者の感受性が喚起する欲望こそが善意(benevolence)であり、それは利己的欲望から完全に独立して作用すること。

 善意が利己心には還元されないと示すために、ハチソンは独立の感官としての「公共的感受性」という想定に所説を基礎づけたが、しかし同時に、それを道徳的サンクション(善き行為への褒賞と悪しき行為への処罰)と両立させた。この点について、理論的には無理を生じさせていないかと、発表者の柏崎は疑問を呈したが、他方で、宗教的観点からの批判を避けるために道徳的サンクションの導入は必要だったのではという指摘もあった。また、理性ではなく内的な欠如から道徳的行為の可能性を導き出す点において、やはりハチソンは画期的な議論を展開したのだという指摘もあった。



2021年6月28日

第21回研究会の報告


第21回イングランド啓蒙研究会

2021/6/27 オンライン


 前半

 本研究会の母体となっている科研費基盤Bの成果報告として、論文集の構想を参加者で議論した。論文集は全体をテーマ別に3部に分け、第1部「平明性」、第2部「自律性」、第3部「寛容性」(あるいは「多元性」)という陣立てを当初念頭に置いていたが、当日参加したメンバーの間の議論で、主に以下のような問題が指摘された。

  1. 扱っている時代や思想家が、イングランドだけでなく、アイルランドやスコットランド、フランスにまで波及しているので、タイトルを「イングランド」としてしまって良いのか。また、時代は何年から何年まで、と区切る必要があるのでは。
  2. 当初の目論見として、この17世紀イングランドの啓蒙思想から、現代人にとって役立つ考え方や、啓蒙思想の「影」にあたる部分を現代的な視点から論じる(例えば、啓蒙は未完のプロジェクトであり、我々にとっての宿題であるといった指摘)、といったアイデアがあったので、是非とも組み入れるべきではないか。
  3. テーマだけではなく、時代的な流れ、という視点もあった方がよいのではないか。

 以上のような問題点を踏まえ、原稿を持ち寄る際、あるいは編集していく際の指針にしていこう、ということでまとまった。


 後半

 フランシス・ハチスン An Essay on the Nature and Conduct of the Passions and Affections, with Illustrations on the Moral Sense (1728/1742) の講読を行った(報告者:柏崎)。

 まず、編者Garretによるイントロダクションを参照しながら、本書の概要(背景や目的)を把握した。

 次に、序文とTreatise I, Section I (Art. I.) に関して、報告者からの発表の後、 特に、ハチスンによる諸々の感覚(道徳感覚を含む)や徳の説明について、ロックやスミス、ストア派、キケロなどとの異同を中心に議論を行い、ハチスンの議論に対する理解を深めた。




2021年6月2日

第20回研究会の報告

   

第20回イングランド啓蒙研究会

2021/4/25 オンライン

 第20回研究会では、前回に引き続き、イングランド啓蒙を理解する上でも重要なフランシス・ハチスンの『美と徳の観念の起源』「第二論文」の報告と検討がなされた。

 第二論文の第一部から第三部までの報告では、道徳的善悪の知覚が自愛心ではなく道徳感覚に由来すること、有徳な行為の源には利害を離れた感情としての仁愛(benevolence = 善意、利他心)があること、行為の道徳性は行為者の仁愛と能力の複合比から利害を差し引いたものによって計られること、という議論が報告された。

 第二論文の第四部から第七部までの報告では、行為の是認が公共性への有用性と仁愛の外観から生じること、仁愛には段階があって近い対象ほど大きくなることがあること、能力・利害・損害・法の知識・絆の強さなどが行為の徳と悪徳の程度に影響を与えること、理性的行為者の最善の状態と最も価値ある幸福が普遍的で効果的な仁愛に見出されること、という議論が報告された。

 これらの報告を踏まえ、benevolenceの適切な訳語、benovolenceと道徳感覚との関係、道徳感覚と美的感覚とのアナロジー、などについて議論がなされた。