2021年11月10日

第23回研究会の報告

 

第23回イングランド啓蒙研究会

2021/11/6 オンライン

前回にひきつづき、論文集の原稿準備のため、会員が研究構想を発表した。


柏崎正憲「労働観の転換と啓蒙 トマス・モアからジョン・ロックへ」

 16世紀において、労働貧民は道徳的劣等者として表象され、そして労働は、度し難い怠け者たちをどうにか秩序に繋ぎとめておくための鎖であった。その一方で、啓蒙と呼ばれる時代には、最下層の賃金労働者をも含めた生産者の勤勉を称え、労働を道徳的同格者たちによる貢献として描き出す著述家たちが現れてくる。このような労働観の転換を、イングランドにおける初期啓蒙の一側面として浮かび上がらせることが本稿の目的である。

 考察の始点と終点には、初期近代において労働を現世的幸福と固く結びつけた二人の代表的思想家、トマス・モアとジョン・ロックが置かれる。モアがその労働者への共感にもかかわらず同時代の労働観を共有しているのにたいして、ロックの宗教観、政治哲学、認識論、教育論、そして政策提言には、新しい労働観が首尾一貫しているのが認められる。『ユートピア』(1516年)と『統治二論』(1690年)とのあいだに生じた変化を解明するために、本稿では人文主義者、共和主義者、そしてピューリタンのテクストもまた扱われる。

 発表に引き続き、意見交換が行われた。ロックの原罪観(労働を原罪に結びつけない)や余暇の考察、彼が成育の過程で天職(calling)の観念をどう受容したか、本稿が扱った労働観の変化が啓蒙思想とどう関連するか、等、筆者の視野を広げるための有益な示唆が与えられた。

An Ease for Overseers of the Poore, 1601. (関西学院大図書館所蔵)


渡邊裕一「啓蒙思想の影? 新大陸におけるロック所有権論の展開を追う」

 渡邊は、17世紀アメリカ植民地政策とジョン・ロックの思想及び実践に関して、先行研究の紹介を中心とする報告を行った。一般に、啓蒙思想というとそのポジティブな側面が強調されがちだが、本報告はあえてそのネガティブな側面に着目した。すなわち、欧州諸国の海外進出とそれに伴う先住民からの収奪等に、啓蒙思想がどのように寄与したのかという論点である。

 本報告では、比較的早い時期にジョン・ロック所有権論とアメリカ植民地政策との関係を主題とした Barbara Arneil, John Locke and America; The Defense of English Colonialism (New York: Oxford University Press, 1996) と、より最近Arneil以降の研究動向も踏まえて著された David Armitage, 'John Locke: Theorist of Empire?,' in Empire and Modern Political Thought, ed. Sankar Muthu (Cambridge: Cambridge University Press, 2012), pp. 84-111 の内容を紹介した。

 両研究に共通の見解として、次の二点が指摘された。第一は、ロック自身がアメリカ植民地政策に強く関わっていたことは疑い得ない事実であること。第二は、イングランドの植民政策とロックの思想のいずれも、植民地拡大で先んじていたスペインやオランダへのアンチテーゼともあいまって、先住民からの収奪は意図しておらず平和的な植民を目指していたということである。これは、ロックの植民地に関する思想と実践を、短絡的に帝国主義に結びつけることを否定する見解である。

 そのうえで渡邊からは、ロックがアメリカ先住民との平和的関係を志向したことが啓蒙思想の「影」の要素を和らげるとして、彼がアフリカでの奴隷貿易を容認していたことはネガティブな評価を免れ得ないのではないかとの指摘がなされた。

 その後、質疑が行われ、ロックの戦争状態論や刑罰論と収奪正当化の論理的関係、グロティウス『捕獲法論』に関する論点、様々な思想家による植民地論を俯瞰したときのロックの位置づけ、ロックを読んだ後世の思想家と(独立宣言までの)植民地政策との関係等について議論が交わされ、この主題を深度化させるための方向付けと論点整理が図られた。