2020年9月23日

第14回研究会の報告

 

第14回イングランド啓蒙研究会 

2020/9/20 オンライン

 「感染症と啓蒙」というテーマで、ダニエル・デフォー『ペスト』(中公文庫)と、林直樹『デフォーとイングランド啓蒙』(京都大学学術出版会)の二冊を扱い、両書の内容を検討・議論した。

 『ペスト』の正式な書名は「ペスト流行の年の記録:1665年の最後の大いなる災厄に襲われたロンドンにおける公的および私的なもっとも驚くべき出来事の報告あるいは覚書 その間ずっとロンドンに留まっていた一市民による未公開の著作」であり、1665年にロンドンで流行したペストに対する市民の反応や行政府の対応を詳述した「記録文学」として読み解くことができるだろう。2020年に新型コロナウイルスに襲われた現代社会でも見られたような、生命(安全確保)と生活(仕事)のジレンマ、デマや怪しげな薬・治療法の流行、家での隔離と対人距離の確保の必要性の訴え、治安の崩壊、貧困者への慈善、潜在的感染者(無症状感染者)を通した感染の拡大、死亡数に関する公的統計への不信、感染者減少による軽率な外出の増加など、時代を超えた感染症にまつわる現象と人間心理をそこに見て取ることができた。

 『デフォーとイングランド啓蒙』は、穏健なイングランド啓蒙思想家であるデフォーの政治経済思想に焦点を当てた研究書である。非国教徒学院でその思想を育んだデフォーは、隣国フランスのカトリック勢力を牽制するプロテスタントである一方で、英国国教会から迫害される非国教徒という立場にあった。デフォーは商業の原理による英国の統一を掲げながら、専制と迫害を排除した多元性に寛容で穏健な統治を理想とした。本書については、大塚史学に対する批判、一貫した明晰な分析概念による理論的分析、「イングランド啓蒙」の内容についての具体的で詳細な考察などがさらに求められる、といった議論が交わされた。

 


 

 

2020年9月22日

第13回研究会の報告


第13回イングランド啓蒙研究会

2020/8/1 オンライン

 本研究会の会員である渡邊裕一の新著『ジョン・ロックの権利論 生存権とその射程』(晃洋書房、2020年2月)の合評会を実施した。

 第一報告「ロックの生存権論の射程」(小城拓理)では、渡邊『ジョン・ロックの権利論』の内容紹介とその検討が行われた。その結果、本書はこれまで所有権論に集中していたロックの権利論研究においていかに画期的であるかが示された。

 第二報告「渡邊裕一『ジョン・ロックの権利論』へのコメント」(柏崎正憲)は、同書がロックのcharitableな(慈愛を重んじる)側面や、後世の読者によるsocialな解釈に発展していく側面に光を当てたことを、主要な成果として強調した。その一方で、ロックの「生存権」とその所有権論や貧民観との緊張という論点にかんしては、渡邊の所見にたいする疑問も提示した。

 ロック研究に内在的な観点としては、小城からはロックの慈愛の権利と生存権の関係性に関して、柏崎からは「救貧法改正案」のテクスト解釈に関して、著者の渡邊としても的確かつ有益と思えるコメントがなされた。

 渡邊からのリプライ、他の研究会参加者からの質問と渡邊による応答が続き、活発な討論へと発展した。とくに武井による労働所有権論の位置づけと方法論上の限界に関する指摘と、内坂による生存権と自己所有権の異同に関する指摘とについては、著書の構成上重要な論点として、著者にも受け止められた。こうして本合評会では、ロックの「生存権」の包括的解明のために渡邊がなした寄与を明瞭にすることができた。





2020年9月21日

第12回研究会の報告

 

第12回イングランド啓蒙研究会

2020/6/21, 6/28 オンライン

 

 今次の研究会は、二日に分けてオンラインで実施された。

 6月21日には、前回にひきつづきW. Molyneux, The Case of Ireland being bound by Acts of Parliament in England, Stated, 1698を読んだ。モリニューは、自然法や同意理論といったロック政治哲学から援用した諸原理のほか、イングランドのコモン・ロー、制定法、慣習など現実の法や政治の諸原理にも依拠しつつ、アイルランド議会の独立性を主張した。第一報告者(柏崎正憲)は「4. 征服者はみずから与えた譲歩に義務づけられるか」および「5. この問題にかんする先例や法学者の意見」を、第二報告者(渡邊裕一)は「6. 賛否双方の主張を考察し、全般的な結論を引き出す」を、それぞれ要約した。

 報告は、モリニューがアイルライドがイングランドに対して実質的な服従と保護を受けていることは是認しつつとしながら、一方でカトリックを抑圧しつつ、他方でプロテスタントのアイルランドをイングランドにたいして「独立した王国」として擁護するという、込み入った複雑な戦略をとっている点を明らかにした。討論においては、この複雑な戦略にかんするPatrick Kellyの指摘など、さまざまな点が主題となった。

 


 6月28日は、日本イギリス哲学会第44回研究大会(2020年3月)で開催を予定されていた、本研究会によるセッション報告を実施した(大会は新型コロナウイルス感染拡大を受けて中止、報告をペーパーのウェブ公開により代替)。

 第一報告「ホッブズの哲学方法論における「汝自身を読め」の意義」(後藤大輔)は、ホッブズが『リヴァイアサン』序論で提示する「汝自身を読めRead thy self」という方法的指針の一解釈を提示した。後藤によれば、ホッブズが『物体論』第6章12節で提示する「定義から始まる証明」(総合的方法)において「省かれなければならない」とされている「最初の」部分、すなわち「事物の感覚から普遍的原理に進む」部分に対応する。

 第二報告「カドワースにおける理性と意志について」(竹中真也)は、ケンブリッジ・プラトニストの一人カドワースの「ト・ヘゲモニコン」(魂の指導的部分)の魂における位置づけとその意義を考察した。カドワースにおいて、「ト・ヘゲモニコン」は「自律」の原理である一方で、根本的には神への「愛」という動機によって方向づけられ、恩寵の光によって支えられている。こうしたカドワースの立場を「神と人間の協働説」と竹中は評価した。

 第三報告「ロックにおける知性の限界と自律の生成」(内坂翼)は、ジョン・ロックの『人間知性論』第2巻第21章「力について」の初版と第二版における自由論の相違に関して、ホッブズ、カドワース、プラトンらの自由論との連関を通して分析した。人間の知性にかんする限界と、自己の道徳的判断にたいする各人の責任とにかんするロックの視点と、啓蒙における「自律/自立」の思想の発展との連続性を内坂は示唆した。