2021年8月17日

第22回研究会の報告


第22回イングランド啓蒙研究会

2021/8/1 オンライン


 前半

 科研費課題の研究成果(論文集)の原稿準備のため、順次、会員が研究構想を発表することを前回会合で決定していた。

 それにもとづき今回は、青木が「イングランド実験哲学の流れ 王立協会、知識論、アイルランドへの影」と題した研究発表をおこなった。

 発表の目的は、初期啓蒙における<平明性>の出自、定式化、伝播を辿ること、すなわち、誰にでも等しく平明に与えられる感覚的な<経験>こそ真理の最終的な拠り所であるというテーゼが受容される過程であった。これを発表者は、イングランド実験哲学の興隆によって始まり、次世代のアイルランドへと伝播していく展望において考察した。

 平明性の理念の出自を示すできごととしては、スプラットによるスコラ学者たちとベーコンの新学問プログラムを実践する王立協会メンバーたちとの対比、グランヴィルの『プラス・ウルトラ』における化学、解剖学、数学の三本柱、そしてボイルによる自然誌の体系化が位置づけられた。次に、ロックが実験哲学の成果をふまえて、どのように経験論の立場を定式化したかが考察された(解剖学的な history から人間知性の history へ、医学的な不可知論から物体や精神をめぐる不可知論へ)。続いて、平明性を旨とする経験論哲学が、モリニュー、トーランド、バークリーといった多彩な思想家たちをつうじて、アイルランドに伝播していく展望が示された。

 発表に引き続き、青木論文の総体的な構想や個々の論点について、活発な意見交換が行われた。一例を挙げると、初期啓蒙における「有用性」という観念が果たした役割(思弁的な scientia から、軍事、航海、測量など「技術」の基礎づけとしての scientia へ)を、どう位置づけ、評価すべきかが議論された。 


Frontispiece to Sprat's History of the Royal Society (1667).


 後半

 フランシス・ハチソン An Essay on the Nature and Conduct of the Passions and Affections, with Illustrations on the Moral Sense (1728/1742) の講読を行った(報告者:柏崎)。

 Treatise I, Section I を精読。ハチソンは「欲望を喚起する」心地悪さ(uneasy sensation)と「欲望に連結した」心地悪さとの区別から、利己的欲望公共的欲望との区別を引き出した。彼によれば、利己的欲望の対象は、私的な善という目的のための手段に引き下げられるのにたいして、公共的欲望は「善意の欲望」であり、欲されることがら自体を目的としている

 この考察をつうじてハチソンが証明しようとしたのは、次のことだと思われる。①人間の内的感官(感受性)は、私的利益を感じる部分と公共的感受性とに、実体的に区別されること。②後者の感受性が喚起する欲望こそが善意(benevolence)であり、それは利己的欲望から完全に独立して作用すること。

 善意が利己心には還元されないと示すために、ハチソンは独立の感官としての「公共的感受性」という想定に所説を基礎づけたが、しかし同時に、それを道徳的サンクション(善き行為への褒賞と悪しき行為への処罰)と両立させた。この点について、理論的には無理を生じさせていないかと、発表者の柏崎は疑問を呈したが、他方で、宗教的観点からの批判を避けるために道徳的サンクションの導入は必要だったのではという指摘もあった。また、理性ではなく内的な欠如から道徳的行為の可能性を導き出す点において、やはりハチソンは画期的な議論を展開したのだという指摘もあった。